この頃、小学生に「温暖化を防止するために、あなたには何ができますか?」という問いかけをする先生がおられますが、この言葉こそ、私たちが戦後、目指してきた民主的な教育を基本から壊すものです。
私たちの次世代は「自主的精神に富んだ」、「真理と正義を愛する」人たちです。だから「お上が決めてしまったから、その理由を聞かずに、ただひたすらに自分という小さなものができることだけやりなさい」というこの言葉は日本の将来を破壊する可能性があるほど恐ろしい言葉なのです。
そのサービスの中で、お金を使うことそれ自体が楽しみにならないといけない気がする。サービスにお金を払うのでなくて。イメージとしては、硬貨をぶつけ合う雪合戦みたいな。雪の代わりになるのは、みんなが落としたお金
タイムトラベル:ある日島にタイムポータルが開きます。それに入るとアメリカ開拓期の西部など、他の時代のBig Surfに居る事に気付きます。そこでは幾つかのチャレンジが出来て元の時代へ戻る事も可能。(この案は鈍感なバーンアウトチームのメンバーでさえ“やりすぎ”と感じていた)
■一本道ゲーについて。
ちなみに自分は一本道ゲー大好きだ。ぶっちゃけほかのルートとか全部しらみつぶしに歩くほうが苦痛。
ファイナルファイトもシューティングも一本道じゃないか。里見の謎だって一本道だ。
FF13も、最初のマップがまるっきり一本道で、あー最後までコレだとラクだなーと思ったぐらい。
俺がほしい自由度は、目の前の敵を殴っても蹴ってもいいという自由度であって、別にノーヒントで道に迷いたいわけじゃないので(注:それが好きな人の事を否定はしない)
一本道ゲーを一本道と思わせないための方法、たとえばユーザーが「こうしたい」と思う方向に一本道であるとか(ようするに意に沿わぬレールを走るのが嫌なだけだから)、1本道なんだけど、道幅が広いとか(ドラクエタイプ)いろいろあるから、そういうのでいいと思うのよね。
一本道が非難される場合は、一本道が悪いんじゃなくて、ユーザーがやりたかった一本道と異なるって事なんだと思うわ。(大変個人的なお話)
酒を飲んだ20歳男が外より暖かい刑務所でクリスマス料理が食べたいと120人生徒のいる基本学校の窓を棒で夜中に全部割る。